雨があがれば。
何気なく見上げた空が眩しくて、
遠くに見える景色がやけに懐かしかった。
どうやら私は晴れ男らしい、
逃げていく雨雲を横目に、真新しい地図を広げた。
思った以上に何もない空港だ。
新空港誕生のポスターがやたら目につく。
移転した後はもっと華やかになるのだろうか。
2013年・・
まだ5年も先の事だ。
市街地まで5kmくらいか。
少しもったいない気もするがタクシーを選択した。
泊まる所を確保したい。
まずは情報が欲しかった。
タクシープールで順番を待つ。
待つと言っても、待ち人、小なり、タクシー、
すぐに乗れるだろう。
運転手は安宿情報に詳しいものだろうか。
自分が乗るであろう、タクシーをのぞく。
人は見かけによらない。
かと言って、見かけ以外で判断しようもない。
ベテランの上に大がつきそうな運転手だ。
一瞬、躊躇するが。
まぁ、いいか・・
そもそも情報通を見分ける方法などあるのだろうか。
勢いよく開くドアは、島時間とは程遠い。
「とりあえず市街地まで」。
大まかな行先をつげ、車はゆっくり動き出す。
「あんた、地元の人?」
運転手がミラー越しに私を見ている。
「いえ、埼玉からです。」
・・・・
「あぁ~本土からきたの。」
ずいぶんでかい地図にされたが、
埼玉なんてそんなもんだ。
本土には違いない。
「なんでそんな荷物少ないの?」
見かけの通り訛っている。
私がこの旅に持ってきたのはリュックひとつ。
しかもぺちゃんこだ。
旅人にしても軽装すぎるのだろう。
もちろん、それに対する答えも入っていない。
「男なんで。」
人類の半分を道連れにし、攻守をいれかえる。
「安宿探していまして、運転手さんご存じないですか?」
「あっ、ロッテ見に来たんでしょ~」
野球は知っていても、会話のキャッチボールを知らないらしい。
この島は今年から千葉ロッテのキャンプ地となった。
と言っても知ったのは先程の空港でだ。
当然目的は違う、むしろ目的などない旅だ。
だが少し面倒になった私は、
「そうなんです。なので安く泊まれる宿知りたくて。」
と聞き返す。
すると今度は妙な間が空き、
「じゃ、うちにくればええ。」
予想もしない言葉にたじろぐが
話を聞くとどうやら奥様が民宿をやっているらしい。
少し迷ったが、
「朝飯付で1000円でどうだ」
の言葉に完全に負けてしまった。
10分、15分くらいだったろうか
タクシーは赤い屋根の家の前に停まった。
運転手さんからは想像もできないと言ったら失礼だろうが、
思いのほか上品なお家に、品の良い奥様が出迎えてくれた。
この旅の運を使い切ったかなと思いつつ。
簡単な手続きをすませ、案内された部屋のベッドに腰掛ける。
滞在は4日間。
半年前に購入したガイドブックを取り出す。
時が過ぎると、
人の心は思い出補正がかかるのだろうか、
何もかも良かったことのように思い出す。
ガイドブックを見てはしゃぐ横で、
行程なんて決めなくていいよと面倒に思っていたくせに、
今の私はその時考えてもらった通りに巡ろうとしている。
我ながら滑稽で笑える。
きっとこの後、私が見る景色はとても美しいものなのだろう。
美しい景色を独り占め。
なんとも贅沢な表現だが
今の自分にはただの皮肉にしか聞こえない。
この旅で自分が目にした景色はどれも信じられないくらい美しかった。
口にした、鮪も、カラフルな魚も、肉も、見たこともない料理も、
お酒はいつもだが、感動するほどおいしかった。
そうしている内、3日間などあっという間に過ぎ最終日の夜。
運転手さんと奥様が私をお酒の席に誘ってくれた。
月明かりに照らされ、海の薫りと海風が心地よく通りぬける素敵なテラスで、
何とも洒落た料理と、ちっとも洒落てない泡盛をいただいた。
どれくらいの時間がたっただろう、
お酒もだいぶまわりはじめた頃、
運転手さんが、
「あんた本当は何しにこの島にきたん?」
それとかぶるように奥様が
「傷心でしょ!?」と笑っている。
私が応えようとすると、
「ごめんごめん答えなくていいわ。けどね、この宿に1人でくる男は、半分が旅人、半分が傷心かかえた自分に酔ってる男なの。」
冗談っぽく私に微笑みかけた。
確かに旅人のつもりではいたが、
モヤモヤした自分にどこか酔っているのは否定できなかった。
なんともむず痒くなってきた私に運転手さんが優しい口調で語り始める。
「NO RAIN,NO RAINBOWって言葉知ってるか?
ハワイのことわざなんだけど、
雨が降らなきゃ、虹は出ないって事だ。
男はな、後悔するたび、失敗するたびに成長して優しくなっていくんだよ。
今は雨振りでもな、
雨があがれば、またひとついい男になれる。
あんたもこれからいっぱいつまづいて、
でっかい虹を掛けなよ。」
・・・・・・
あれから早十数年・・
うっすら見える虹くらいはかけられたのだろうか。
今の所つまづいた数には比例はしなそうだ。
2008年の春。
これから待ち受ける、
前途多難、波瀾万丈の人生などまだ知らぬ24歳の私は
見上げた満点の星空の向こうに、
ただただ大きな虹がかかる事を願っていた。
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