艶めく街で

どれくらいの時間がたったのだろう。

今は昼なのか夜なのか。

私は完全にのみこまれていた。 


心地悪く揺れていたのが嘘のように。 

船は快調に進んでいる。 

予備知識は何もない。 

「澳門」と書く事も先程知った。 

ちゃんと調べてくればよかったかな・・ 

読めもしない中国語のパンフレットを眺めつつ、 

私はマカオに向かっていた。 


長いとも短いとも思えぬ船旅を終え、 私は街に降り立った。 

まだお昼前という事もあり、 

思っていたようなギラギラした世界は広がっていない。 

噂に聞く、金の匂いもしなかった。 

ただ遠くに見える建物は異国を感じさせるには十分すぎる程の 存在感を放っていた。 

「今いくよ!」 

あの街が私を待っている。 

すでに酔い止めもきかぬ程、自分に酔っていた。 


目的地に向かうバスがあるのは知っていた。 

ただ歩くこと選択する。 

まだ若く体力に自信があったというのもあるが、 

なによりこの街を歩いてみたかった。 

知らない街を歩いてみ~た~い~♪ 

頭の中には二十歳そこそことは思えぬ曲が流れていた。  


歩く街並みはやはり日本とは違う。 

ただ、これぞマカオという景色でもなかった。 

先に見えるあの場所。 そここそが私の知っているマカオなのであろう。 


目的地が近づくにつれ、 

自分の中で眠っていた何かが目を覚ます。 

ピヨピヨ。ピヨピヨ。 

その声は次第に大きくなる。 

そう、鳥さんだ。 

「異国の空気を吸うだけで、高く跳べるとおもっていたのかなぁ。」 

スラムダンク回顧しつつ、 

チキンはどこにいっても変わらない事を自覚する。 


いくらなんでもカジュアルな格好すぎやしないか。 

お金はいくらかかるのだ。 

そもそもいれてもらえるのか。 

不安あげればきりがない。 

いいようもない緊張感が襲う。 


だが、そんな不安は杞憂に終わる。 

驚くほど上品なスタッフに案内を受け。 

お金を払うこともなくあっさり入場することができた。  


カジノという場所がどういう所であるかは知っている。 (ドラクエで)

いや、知っているつもりだった。 

だが、実際に見たその光景に圧倒された。 

その広さ、そして人の多さに。 

あちこちでギャンブルを楽しむ人がいる。 

滅多にお目にかからない札束も見える。 

自分が興奮していくのがわかった。  


せっかく来たのだから 

その気持ちが行動に移るのに時間はかからなかった。 

元来、私はいっさいギャンブルをやらない。 

ギャンブル嫌いと言っても良いだろう。

そんな私をも、カジノの空気が飲み込もうとしている。  


見回してみると現金でも出来る事がわかる。 

だが、カジノと言ったらチップでしょ~ 

その一心で、両替所にむかった。 

まっ、体験だけと。 

日本円にして1万円程度両替してもらった。  


チップを握りしめ。 

とりあえず手軽なスロットの前に座る。 

ただ、ほどなくして席を立つ。 

これなら日本でもできそうという気持ちが浮かんだのかもしれない。  


やはりあのテーブルに座りたい。 


覗いてみるとカードとサイコロという感じだった。 

カードの方はイマイチルールがわからない。 

サイコロの方は見ているうちにルールがわかってきた。 

後で名前を知ったのだが、 

いわゆる「大小」というものらしい。 

3つのサイコロの出目の合計数が

大(11〜17)か、小(4〜10)をあてる 実に簡単なゲームだ。 

当然、数字をピンポイントであてれば配当は高い。 

だが、それだと一度も当たる事無く終わってしまいそうだ。 

私は「大」「小」の二択に賭ける事にした。 

勝って負けて、負けて勝って、また負けて。 

ゆるやかに、でも確実にチップは減っていった。 

この頃には完全にカジノという世界に飲み込まれていたのであろう。 

帰りのチケットがある事、 ホテル精算も済ましている事。 

それが「どうにかなるだろう」という気持ちを生んだのかも知れない。 

気づいた時には、この旅に持ってきたほとんどの金を費やしていた。  


思い出したかのように時計に目をやる。 

一瞬3時と錯覚するが、

目のかすみがとれると、

はっきり9時だとわかった。 

もう10時間以上ここにいるのか・・ 

その事実に驚いた。 

私はやめ時を失っていた。 


すると突然、 

「バン!!」 と大きな音が鳴る。 

館内は一瞬の静寂の後、大きなざわめきへと変わった。 

カジノで響いたこの音に、 

動揺しない人種は恐らくいない。 


5分、10分。どれくらいたっただろう。 

迂闊には誰も動かない。 

すると、アナウンスが流れてきた。 

中国語なのだろう、私には理解できない。 

ただ、隣に座る中国人らしき男女の笑顔で、 

どうやらその類ではない事はわかった。 


どことなくテーブルに安堵の空気が流れる。 

女性ディーラーが再開を告げ、 

いつものよう、賭けを締め切るベルが鳴ろうとした 

その時、 

おもむろに「大」の山に札束がつまれた。 

5束。いやそれ以上だったろうか。 

テーブル内にどよめきが起こる。 

その衝撃に自分がどちらに掛けたかも忘れて、 

今、女性の手から離れようとしているサイコロに全神経をもっていかれた。 

「4」 

「5」 

「5」 

・・・ 

「14・・」 

「大」だ。 

どよめきは一層大きくなった。 

スーツを着た男は儲けの一端をディーラーに渡し。 

足早に去っていく。 

これが、カジノという世界なのか・・ 

女性ディーラーも先程までとなんら変わらぬ表情をしている。  

あの男性は ”一瞬の隙” に賭けたのだろう。

場の緩んだ、この瞬間、この1ゲームに。 

 「すごいものを見た・・」 

私はあれだけ執着していた席をあっさり立っていた。 


出口をむかう通路で、 

「Are you win?」 と声をかけられる。 

常套句なのか、私の表情を見てなのかはわからない。 

「Yes. I'm so happy.」 

と笑顔で答え、もうふりかえる事はしなかった。


勝負に負けて試合に勝つ。はたまた逆か。 

いずれにせよ、賭けに負けた事には変わりない。 

今晩の夕食は貧相なものになるだろう。 

ただ、不思議と後悔はない。 

ここにきて良かった。 

その感情だけが私の中で踊っていた。 


もう日付が変わろうとしている。 

この街は眠らない。 

私の前には、 ギラギラと輝く、

紛れもないマカオの街が広がっていた。 

Town Tours

武蔵野交通株式会社 タウンツアーズ

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